『missing link』

秋も深まる10月。テニスの聖地ウィンブルドンに、世界中から優秀なジュニア選手たちが集まっていた。選手の育成と親睦を目的とした大会が開かれようとしていたのである。日本から招待された青学、氷帝、立海、四天宝寺のレギュラー陣。選手たちは張り切って参加するが、正体不明の男たちの襲撃を受ける……。
『劇場版 テニスの王子様 英国式庭球城決戦!』を元にしたSF・テニプリ進化論です。




 気、オーラ、PSI(サイ)、エーテル、プシュケー、プラーナ、魔力、霊力、神通力……。

 言葉は違えども、それらはみな、同じ概念を示している。
 洋の東西を問わず、古来より人々は人智を越えた力の存在を信じてきたのだ。
 けれど、現代社会に育った真っ当な大人なら、それが「在る」のだなどと真面目に語ったりはしない。小説や映画で描かれ、眉唾もののうわさ話として語られる、科学で解明できない摩訶不思議な力。もしその実在を信じていると声を大にして語るなら、詐欺師と呼ばれ、誇大妄想狂と笑われ、浮世離れした人間として遠ざけられるに決まっているからだ。

 けれど――。

 それは、在った。

 ごく限られた条件の下でしか発現しない「気」の力。
 それゆえにその実在を――意識しているか否かにかかわらず――知っている者は、ごく少数であったけれど。

 それは、確かにそこに、在った、のだ。
 テニスと共に――。



***



「仲間割れ?」
「そっちの男もあいつらと同じ指輪をしてたし、それに…特にあのふたりは気配が似てたから」
 気配としか、越前は言い表す言葉を知らなかった。
 襲撃者のリーダーらしき男と越前を助けた男。ふたりはまるで違っていたのに、何かがひどく似ていた。それは越前のふたりの先輩、手塚国光と不二周助が、少しも似ていないのに時々驚くほど同じ気配を醸し出すのにも似ている。
 それに、彼らが打った二つのボールが空中でぶつかったときのまばゆい光。類いまれなるふたりのテニスプレイヤーが互いの渾身をぶつけ合えばああなるのかと思うと、体がぶるりと震えた。
 あんな力を持っている人間が、世界にはまだまだいるのだろうか。
 これだから、テニスはやめられない……!
 桃城の怪我を心配していないわけではない。あの男たちの仕掛けてきたことをテニスだとは認められない。あれは暴力だと断言できる。
 けれど、ぞくぞくと体を突き動かす衝動を、越前は感じずにはいられなかった。テーブルの上にのせた手が小刻みに震えそうになって思わず握りしめる。その感覚を不謹慎だと判断する冷静さは越前にもあったから、言葉にはしなかった。
「越前…」
 黙ってうつむいていると、そっと左手に誰かの手が重ねられた。顔を上げると、隣に座っている不二が、心配そうに見つめていた。
 この人は何を心配しているのだろうと、越前は思った。
 突然の暴力におびえ、仲間の怪我に心を痛めているかわいい後輩を? それとも、恐ろしい力を持った子どもがいつかあの襲撃者たちのような過ちを犯す可能性を?
 力を持っているのは、不二だって変わらないのに。
「本気、でしたよ」
 越前は不二のほうに体を向けると、真っ直ぐに見上げた。
「本気?」
「あのふたりの最後の一球」
 意味を掴みかねたように、不二が首を傾げる。ほかの上級生たちもきょとんとした表情をしていたけれど、不二の正面に座っていた手塚だけは言わんとしていることを理解しているのではないかと越前は思った。
 あのふたりのように、このふたりが打ち合ったならどうなるだろう。
 あるいは自分がいつか、本気の不二と打ち合えたなら、何が起きるだろう。
 この右手がいつか本気を示してくれる日が来るのだろうか。



***



「おかえりっ」
 部屋に戻ると、その恋人がいきなり突進してきた。背中に腕を回したギュッと抱きつく。ふだんあまりはしゃいだところのない人間なので、酒でも飲んで酔っ払っているのかと一瞬疑った。
「…ただいま」
「あれ? ここは僕のこと抱きしめ返してくれるべきところでしょ」
 恋人が不満げに唇をとがらせる。
 その顔を見たら、自然と頬が緩んだ。後ろ手にドアを閉めると、細い腰に右手を回す。左手は髪をかき乱すように頭にやって引き寄せ、抱きしめた。
 酔っ払っているのではなく先手を取って気勢を削ぐ作戦なのだと、理解した時にはすでに、まんまとその術中に落ちていた。白石と話してだいぶ気が済んでいたところに、こんなにかわいいことをされてはいつまでも怒っていられない。
「手塚…」
 息をこぼすような微かにかすれた声で、不二はささやいた。腕の力を緩めると上半身を少しだけ離して顔を上げる。
 ほくろもシミもニキビもない真っ白な肌。ツヤツヤした小さな唇と頬の辺りが同じようにピンクに染まっている。そうして吸いよせられるような黒目がちの瞳。それは髪と同じ透きとおった茶色で、長い睫毛に縁取られ、かすかに潤んでいた。
 越前や跡部がどれだけ仲良くしていても、不二のこんな表情を見られるのは自分だけなのだからと、一方的な優越感を抱きながら、手塚は恋人の額に唇を触れさせた。
「…おでこ?」
「止まらなくなったら困る」
「…うん……」
 不二が残念そうに手塚の腕から抜け出した。









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